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トピックス 加齢と老化の違い ビタミンCと活性酸素種 食品に含まれるビタミンCの人体への吸収と排泄 カロリー制限しても寿命は延びない

カロリー制限しても寿命は延びない

アメリカでは20年以上も前から国立老化研究所(NIA)とウィスコンシン大学(WNPRC)の2つの研究施設で進化的にヒトに近い霊長類のアカゲザルを使ったカロリー制限の研究が行われてきました1),2) 。アカゲザルの平均寿命は約27年、最長寿命は約40年と考えられています3)

2009年、WNPRCの研究グループはカロリー制限(自由摂取群の30%減、ビタミン、ミネラルは30%補強)は寿命の延長効果があると米科学誌サイエンスに発表しました1) 。しかし、自由摂取群とカロリー制限群での生存率の違いは、加齢関連疾患(がん、心血管疾患、糖代謝異常)による死亡を抽出した場合でのみ認められ、全ての死亡原因で比較すると両者で違いは見られませんでした。さらに、自由摂取群における平均寿命(約27歳)の年齢で、加齢関連疾患を発症した個体の割合を比べると、カロリー制限群が約30%であるのに対して、自由摂取群が約80%とカロリー制限群の割合が非常に低くなっていました。これらの結果から、WNPRCの研究グループは、カロリー制限には寿命の延長効果があり、加齢関連疾患が発症しにくくなると結論しました。

2012年、英科学誌ネイチャーでNIAの研究グループが報告したアカゲザルの実験は、カロリー制限を老齢(16〜23歳)から開始した群(カロリー制限群と自由摂取群)と若齢(1〜14歳)から開始した群(カロリー制限群と自由摂取群)の2つの実験結果です4)。はじめに、老齢から開始したカロリー制限群(自由摂取群の20%減)と自由摂取群での生存率は、加齢関連疾患による死亡のみを抽出した場合でも、全ての死亡原因で比較した場合でも、両方ともカロリー制限群と自由摂取群で違いは見られませんでした。この時、カロリー制限による有益な効果は見られませんでしたが、オスとメスのアカゲザルの間には平均寿命や最長寿命に有意な違いが認められました。すなわち、カロリー制限群と自由摂取群を合わせたメスの平均寿命は27.8歳であったのに対して、オスでは35.4歳とおよそ8歳も長生きでした。

老齢から開始したカロリー制限では、寿命の延長効果は見られませんでしたが、測定した代謝機能の幾つかの項目で、有益な効果が観察されました。特にその有益な効果はオスで顕著でした。すなわち、カロリー制限群のアカゲザルはオス、メス共に自由摂取群と同様、加齢に伴い中性脂肪、コレステロールや血糖値が増加しましたが、中性脂肪はカロリー制限群で有意に低い値を示しました。また、コレステロールはカロリー制限群のオスでのみ有意に低い値でした。空腹時血糖もカロリー制限群のオスとメスで低い値を示し、有意差はオスでのみ認められました。

次に、若齢から開始したカロリー制限群(自由摂取量の20%減)でも老齢から開始した時と同様に、加齢関連疾患による死亡のみを抽出した場合でも、全ての死亡原因で比較した場合でも、自由摂取群と比較して生存率に違いは見られませんでした。しかしながら、この若齢から開始した実験群はまだ半分近くのアカゲザルが生存しているため、最終的な平均寿命や最長寿命を確定するまでには至っていません。これらの実験群は、年齢的にもこれから10年ぐらいの間に全てのアカゲザルが死亡することが予想されています。統計学的な計算からもカロリー制限群の平均寿命が自由摂取群より延びる確率は0.1%以下と極めて低い値です。一方、最長寿命については、現時点で統計学的に評価するのはとても難しいです。

老齢から開始したカロリー制限群では、代謝機能の幾つかの項目で、有益な効果が観察されました。しかし、若齢から開始したカロリー制限群では自由摂取群に比べて体重が少なかったにもかかわらず、代謝機能の有益な効果は観察されませんでした。一方で、がんの発生率は若齢から開始したカロリー制限群では自由摂取群に比べて顕著に低くなっていました。実際には若齢から開始したカロリー制限群で、がんでの死亡は一例もありませんでした。糖代謝異常の発生率も若齢から開始したカロリー制限群では低くなっていました。興味深いことに、心血管疾患の発生率は、WNPRCの研究グループが報告したのと同様に若齢から開始したカロリー制限群と自由摂取群で違いは見られませんでした。このように若齢や老齢からカロリー制限をしても寿命は延びないと考えられます。しかし、良好な健康状態の維持にはカロリー制限は有益な効果が期待できます。

では、どうしてWNPRCとNIAの実験で、このように相反するカロリー制限の寿命に対する結果の違いが生じたのでしょうか?。WNPRCとNIAの実験デザインを比較したとき、最も顕著な違いは餌の成分でした。NIAの実験では、自然の材料をもとに餌を作っていました。一方、WNPRCの実験では、抽出した成分をもとに餌を作っていました。自然の材料をもとにした餌は、作る度毎に成分のばらつきが生じます。しかし、自然の材料に含まれる成分には、フィトケミカル(植物栄養素)、ミネラル、未だ同定されていないからだの健康維持に有益な成分が含まれているかも知れません。一方、抽出した成分をもとにした餌は決められた栄養素、ミネラル、ビタミンを加えることができ、成分のばらつきが少ないです。栄養素について比較してみると、NIAの実験ではタンパク質を麦、トウモロコシ、大豆、魚やアルファルファ(マメ科ウマゴヤシ属の植物)から取っており、WNPRCの実験では乳アルブミンから取っていました。2つの実験で最も大きな栄養素の違いは、糖質の量でした。WNPRCの実験では餌に28.5%の糖質が含まれていますが、NIAの実験ではたったの3.9%でした。この違いは2型糖尿病の発症率にも大きく影響しているかも知れません。さらに、NIAとWNPRCの実験でビタミンやミネラルの量も大きく異なっていました。NIAの餌には、カロリー制限群と自由摂取群の両方で食事摂取基準(米国)の40%増しのビタミンやミネラルが加えられていました。一方、WNPRCの実験ではカロリー制限群と自由摂取群で違う餌を与え、カロリー制限群のみにビタミンやミネラルを加え、自由摂取群には加えていませんでした。このようにWNPRCとNIAの実験では餌の成分に非常に大きな違いがありました。

他に実験デザインの大きな違いとして、NIAの実験では自由摂取群が完全に自由摂取ではなかった点が挙げられます。すなわち、NIAの実験での自由摂取群は好きなだけ餌を自由摂取していたのではなく、決められた量の餌を摂取していました。一方、WNPRCの実験では好きなだけ自由摂取させていました。これは、NIAの実験では自由摂取群がわずかにカロリー制限群になっていた可能性も否定できません。そのため、糖尿病の発生率が結果的に少なくなったのかも知れません。また、NIAの実験に用いたアカゲザルは出生地が中国とインドであり、遺伝的に多様な集団でした。しかし、WNPRCの実験に用いたアカゲザルは出生地がインドだけに限られていました。以前に齧歯類を用いた研究から、遺伝的な違いがカロリー制限による生存率に大きく影響することがわかっていました5)。用いたアカゲザルの遺伝的な違いがWNPRCとNIAの実験でこのように相反する寿命に対する結果を生じた原因となった可能性も十分に考えられます。

今までにマウスやラットなどの齧歯類を用いた研究では、その多くがカロリー制限には寿命の延長効果があると結論していました。アカゲザルでの研究結果と今までの齧歯類での研究結果を考え合わせると、次のように考えることもできます。

『動物室で飼育しているマウスやラットは24時間、いつでも好きなときに好きなだけ餌を食べることができる環境にあり、明らかに過食です。もし、ヒトでも自制心を持たず、24時間いつでも食事ができて、好きなだけ食べ続ければ、やがて肥満となり糖尿病などの生活習慣病を容易に発症します。』

従って、マウスやラットが好きなだけ自由摂取する餌の量を100%とすると、この餌の量は明らかに多く、過食です。カロリー制限により餌の量を自由摂取群の20〜30%ぐらい減らしたとしても、それは、本来健康を維持するための適正量に近づいただけかも知れません。これまでのカロリー制限の実験では、過食による早死を防いだため、結果的に平均寿命や最長寿命が延びたように見えていただけなのかも知れません。最近、日本では高齢者の低栄養が問題になっています。単純に食事量を減らすよりも、栄養バランスの良い十分な量の食事を取る方が高齢者の健康維持には大切なのではないでしょうか。

NIAでのアカゲザルを使ったカロリー制限の研究は1987年に開始されました。それから5年後の1992年に私はこの研究をはじめに立案、そして実行した研究者のひとりであるNIAのGeorge Roth博士の研究室にポスドクとして留学しました。当時、隣の研究室にいた同じくこの研究を立案、実行した研究者のひとりであるDonald Ingram博士とRoth博士は一緒によくNIH、ベセスダの近くにあるサルの飼育センターに通っていました。私はRoth博士たちがどのような老化研究を行っているのか当時よく知りませんでした。Roth博士にどこに行って何をしているのかと尋ねると、いつも嬉しそう「モンキープロジェクト」と言っていました。あれから20年以上の月日が過ぎ、やっとひとつの結論を出すに至ったことはとても嬉しいです。また、改めて老化研究は長い年月が必要であると再認識しました。モンキープロジェクトが終了するまで、あと10年近くの年月を必要としますが、その結果を最後まで見届けて行きたいです。 

 (文責:石神昭人)

参考文献

 

 

 

 

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